髪を切るということ 05

わたしに似合う自由を教えてくれる

小林空以 / 学生

高校1年生の冬、家庭や学校、日常のストレスから家出をしたことがありました。コンビニでご飯を済ませ、間に合わせのシャンプーで髪を洗う。そんな生活だったので、気づくと髪はボロボロに。その様子をみていた父が「リフレッシュになれば」と、表参道アトリエを紹介してくれたんです。
切ってもらうと、髪だけでなく気持ちまでさっぱりしました。美容師のJさんはご自身のことをたくさん話してくれ、それがわたしにとっては心地よかったんですね。それからはJさんに会いに来るような気持ちで通っています。

一年ほどが経ち、大学受験が本格化する頃、わたしはなぜ大学に行きたいのか、わからなくなっていました。周りはいい就職のためにいい大学に進まねばと塾に通い、わたしも流れるように塾に通って、勉強に追われました。苦しい時間ではなかったけれど、大学に行って何をしたいのか、わたしはどんな人生を進んでいきたいのか。そんなことを考える気持ちの余裕も時間もなくなっていました。それで進学をやめ、母の勧めもあって、2021年秋から1年間ドイツにあるユーゲントゼミナールに通うことにしたんです。ユーゲントゼミナールはシュタイナー教育を基調として、共同生活のなかで人生について考えたり学んだりする場です。ドイツやシュタイナーへの興味や知識はなかったのですが、直感的に自分に必要な気がして進学を決めました。
そこでの時間は、わたしに「自由」を教えてくれました。大学に行かない選択にどうしても後ろめたさがあったけれど、本当に自分がやりたいことに気づけると、そんな不安も晴れていくようでした。この選択は、逃げ道ではなかった。縛られていた価値観や考えに気づき、不安やプレッシャーからではなく自分にしっくりくる選択ができることが、自由ということなのかもしれません。
Jさんとの時間でも、同じように自由を感じる瞬間があります。髪を切ってもらうなかで「あ、しっくりきた」とわかるんです。終わってみると、いつも自分に似合う髪型になっています。おしゃれに着飾るのは楽しい部分もありますが、無理に周りと合わせる必要はない。そうじゃなくていいんだと髪を切ることで、思い直すことができるように思います。

わからない言葉を、頭の片隅に据えて

ドイツでの共同生活のなかで、友人の髪を切る機会がありました。わたしから髪を切らせてほしいとお願いしたこともあり不安も大きくて、「失敗したらごめんね」と言いながら切っていたんです。すると彼女は「坊主にならなかったら大丈夫」と言いました。「わたしにとっても誰かを信頼する練習でもあるの。だから、あなたは自由に切ってくれていいのよ」と。彼女の言葉のおかげで、わたしもまた彼女を信じて髪を切ることができました。

帰国後、髪を切ってもらいながら、友人との話や自分と向き合って考えたことを話していると、Jさんは「本当は”自分”ってないのかもしれないね」と言いました。自分というひとつの独立したものはなく、周りと溶けていくものなのではないか、と。友人との話を笑ってくれたJさんの言葉は、いつもわからないことばかりです。頭の片隅に置いていつか自分にしっくりくるまで、今できることを楽しんでいきたいと思っています。

小林空以KOBAYASHI Sorai

学生

2002年生まれ。東京都出身。高校卒業後、ドイツのシュトゥットガルトにあるユーゲントゼミナールに2023年4月まで在籍。現在はアルバイトや旅の計画をしながらドイツの美大に行く準備をしている。

構成:熊谷麻那